あちらはよいところだとなぜおもいまする



5人死んだんだ。
其れなりのけじめをつけてやるよ。
災厄め。
決して、赦されるものではない。

「楠木、此処まででいい」

木の門を潜ったところで、楠木を留める。
黒々とした髪の毛を後ろに上げた楠木は、くちびるを結んで「ご武運を」とこうべを垂れた。
そうして首を上げた直後、顔がさっとこわばる。

「?どうした、楠木」
「――ま、松太郎、様…」

その名を、
今尤も恐れていた。
今や喜代治は堕ちた。
清太郎も行方が知れない。
そうして、この町の神社はひとつ。ひとつの神を祀り、そうして抑える役割を持つ者は、松太郎しかいない。

「…松、…なんで」
「・・・」

俯いたまま、血を吐くような声色で呟く。

「何で?それはおまえが良く分かっているはずだ」
「…ま、」
「だけど、おまえが心配することはない。落ち着いているよ。…この町が滅びることはない。まだな」
「・・・」

息苦しい。胸が痛い。
――未だ。
松太郎がぜいぜいと呼吸を荒げていると知ったのは、その痛みが僅かに去った直後、

「松?」

静かに近づいて、俯く松太郎の顔を覗こうとするが、
ふいと視線をそらされる。
だが、その僅かな合間、
しきるはしかと見てしまった。

「…松ッ!!」
「・・・」

ざっ、
血が一斉に引いてゆく。
松太郎の左目が開いている。
義眼ではない。
義眼が嵌めてあったはずの左目が、しっかりと開いている。
その生々しい目玉は、異様なほどに黒々としてひどい寒気が背筋を走ってゆく。

「招神したのか…!?」
「…した。そうでなければ、…」
「馬鹿野郎ッ!松、おまえ…ッ!なんで!」

白さんが、松太郎の後ろでゆらりと揺れる。
やはり、小さくなってきているようにも見えるが、今はそれどころではない。
招神秘言。
神を降ろすヒモロギの代わりに、松太郎は松太郎自身の身体に神降ろしをしたのだ。
体が満足に動くわけがない。
神は、
神は恐ろしいものだ。
命さえ、
命さえ奪う。
それを一番に知っていたのは松太郎ではなかったのか。
それでも松太郎は、ぎらぎらと鈍く光る黒い目玉を閉じ、残った左目を真っ直ぐしきるに向けた。

「俺は俺の役目を果たす。この町の人たちを見ただろう。それに云っただろ。災厄を退けるには、『神の御業しかない』と」
「…おれだって戦える!」
「しきる。おまえは確かに戦う力がある。おまえの力はおまえのものだ。好きに使うといい。だが、あのものたちを殺しても、父さんの怒りや憎しみは消えない。元凶を断たねば」

気付かなかったが、松太郎の手に掛け軸が収められていた。
見たことがある。
十種神宝が描かれた掛け軸だ。
確か、神社の神殿に掛けてあったように記憶している。

「元凶を断つ、っておまえ、…喜代治さんを」
「殺す」
「…!!」
「もう、殺すしかない。殺して、産須那の神に裁いてもらう。5人も、殺したんだ。当然の報いだろ」

冷えた声を出そうと、
そう努力しているように感じた。
それでも、全て覆うなどできぬ。どれ程、共にいたと思っているのだろう。松太郎は。

「…殺すのだから、俺も相応の罰を受ける」
「やめろッ!やめてくれ、松、」
「おまえの手は汚すためのものじゃないだろ」
「!!」

ぱん、
松太郎に手を上げたのは初めてだった。
頬を叩いたしきるは、ひどく顔をゆがめている。
――どうして。
どうして、そんな事。

「おれはおまえを守るって云っただろ!おまえの力になりたいって!それなのに、何でそんな事を云うんだ、…松…っ」

頬にだらしなく涙が滑ってゆく。
松太郎の頬が僅かに腫れている。それでも気にする様子もなく、微笑んだ。
右目を瞑ったまま、

「しきる、俺はこの町が好きだよ」
「・・・」
「おまえはもしかすると、そうじゃないかもしれないけど」

黒く、重い風が涙を乾かしてゆく。
湿り気を帯びた雲と風は、産須那神社の方角から漂ってくるような気がする。
松太郎は険しい目玉で其方を見据えた。

「俺が生まれた町だ。嫌いになんてなれないさ。この町を生かすためなら何でもする。親殺しの罪も喜んで引き受けよう」
「…おれなんかじゃ、力になれないってことか」
「そうじゃない。おまえは、おまえ自身がひどく辛い立場なのに、俺に心を砕いてくれた。それがひどくうれしかったよ。おまえは、俺の、…命の恩人だ。充分、力になってくれた」

それは
死別の言の葉だった。
そうして、燻り始めていた不可解な熱の
熱の言葉を
しきるは、聞いた。

確かに
確かに。
――あの子と付き合ってみたら如何だ。
そう云われてひどく哀しくなったのは、何故だ。
分からない。
その言葉を聴いても、しきるは理解出来ない。
未熟な想いは
何なのか。


「おれは」

松太郎が背を向けようとした瞬間、
殆どかすれたような声を地面に落とす。

「おれは、…おまえがいてくれるなら、なんにもいらない」

松太郎が足を止め、振り向く。
困惑した、表情だった。

「おれの母親は、おれを見ていない。もう、耐えられない。いやだ。いやなんだ。もう、」
「――しきる、」
「…この町の為に犠牲になるなんて、おれは認めない。おまえがいない町なんて、おれは認めないッ!!」